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Posts by yamanaka:
「ZINESTER AFTERNOON ジンを作る人・読む人の午後」の
1月 30th, 2012sunny boy booksさんの社会科見学ツアーに連れられて
内外文字印刷(板橋本町)
↓
凸版印刷の展示(飯田橋)
↓
HEIMATCAFE(武蔵小山)
↓
cafe lavanderia(新宿)
と走りまわりました。
楽しかったです。
そのうち詳細を書くかもしれません。
書かないかもしれません。
※sunny boy booksさんの内外文字印刷での顛末
cafe lavanderiaでは「ZINESTER AFTERNOON ジンを作る人・読む人の午後」というイベントが行われていたようで、僕はあまりジンのことをしらないのだけど、おもしろそうなので覗いて行きました。
ビールが安かったです。
ライオットガールについて書かれているジンを買いました。
あのあたりの話しは面白そう。僕がアメリカに住んでいた頃のムーブメントらしいので、とても興味があります。ヴァレンシア・ストリートもsunny boy booksで売っていてお薦めされていたのでいつかよもうと思っています。
http://lilmag.org/というネットショップがあることも知りました。ジンとかCDとかのセレクトショップなんですかね?良い掘り出し物がありそうです。
pu-pu-juice プープージュース
1月 30th, 2012PU-PU-JUICEの新年会になぜかお邪魔しました。あまり話していないのでよくわからないけど、みんな熱くて良い人達だったな。
第12回公演 「汚れたアヒル」
新宿 SPACE107
2012.3/15(木)~3/25(日)
柏にハックルベリーブックスという児童文学専門店がある
1月 27th, 2012サニーボーイブックスの店長さんのお誘いで
本まっち柏というイベントで古本を売りました。
そのイベントの主催者のひとりである
ハックルベリーブックスさんとも知り合えたのですが、
その店長さんの本が出版されているそうなので
よろしかったらどうぞ。
〈物語〉のゆらぎ (児童文学批評の新地平3)
『児童文学の新地平』―古田足日・西山利佳・奥山恵
まだ読んでおりませんが「ゆらぎ」というキーワードは
別件で凄く興味のある単語で御座います。
カオスの話で出てきます。
僕はケイオスともチャオスともいわずカオスと言います。
–
たまにこのサイトの更新が
へることがありますが
実は水面下で
色々と書いているのです。
しかし、途中で恥ずかしくなって
公開をやめるので
あります。
ちょっと録音メモ
1月 13th, 2012久しぶりに録音。
transactionタグを付けさせていただきます。
Casiotone MA-120と
エレキギターを
UA-4fxで
ガレージバンドに入れました。
ドラムはガレージバンドのやつです。
まあどうということもないメモです。
2012.02.11 mclovin’s night
1月 12th, 2012演奏家とライブペインターの
自由なセッションを中心とした
ライブイベントを企画しました。
ジャムセッション、
アフリカンパーカッション、
ファンク、アート、
素敵な夜になりそうです。
良かったら遊びに来てください。
=
“mclovin’s night”
at 阿佐ヶ谷 next sunday
2012.02.11 sat
open18:30 / start19:00
¥1500 + drink ¥500
_
http://nextsunday.jp/about.html
=
*paint+art
*music
bamboo-sessions + dj organ
chaps tone henge
たむたむちんぱんち”ー
MST(Plans)
Dinzazic
*dj
yuji
恋愛とか
1月 10th, 2012イイ歳になったので
あんまりおおっぴらに
語るのもなんなのですが
話をきいてみると
ご年配でも恋愛はするご様子。
独り身のぼくが
恋愛について考えてはいけない
と言われる筋合いはないでしょう。
ちょっと考えてみます。
__
愛とはなにか、
そんなことを延々と考えたこともありました。
ジョン・レノンや聖書などの宗教やら
西洋と日本の愛の概念の違いやら(仁というのも)
愛というテーマは仲々面白かったです。
しかし
恋とはなにか
はあんまり考えませんでした。
ちょっと軽く考えてみようと思います。
__
ぼくはそれほど惚れっぽくないのですが
珠に異性に惚れます。
しかし、
その数少ない惚れ経験をまとめると
「惚れ」が発生する要因は
ある程度限定できそうな気もします。
自分の感情であるにも関わらず
(特にぼくの場合は)
いくつかの条件が整えば
簡単に恋に落ちると思いました。
・自分が恋に落ちている状態にない。
・対象と空間(教室や職場)を共有し、定期的にその状態になる。
・対象を恋から除外する要因が(共有空間に存在する人の中で最も)少ない。
・第三者からその対象への感情を確認され、自分が対象に好印象を持っていることを認識する。
だいたいこんな感じです。
ほかにもオプショナルな要因があるのですが
基本要素はこのままです。
上記は一目惚れとは異なります。
一目惚れはまた別の条件が整ったときに
発生する気がします。
__
ともあれ「惚れ」もとい恋は
一般的な愛(仁)の概念が
不変を目標とする精神状態であるのに対して
あくまで刹那的かつ生理的です。
この世で最も甘美な現象であると
言い切れかねないにもかかわらず、
刹那的である故に
短期間に複数回起きることも可能です。
故に問題を発生することも多いようです。
__
この世で最も甘美な現象であるならば
恋に人生をかけることも無駄ではありません。
とても幸せなことでしょう。
しかし刹那的であるが故に
終わってしまったときに
思い出以外に何も残りません。
ときに宗教的なまでに洗練されている
愛という概念が
精神的リセット機能ともいえる「恋」と
モストデンジャラスコンビになって
恋愛呼称されている事実は
補完しあう関係にあるからなのかもしれません。
恋は愛へとスムースに移行できたとき
成就と呼べるのでしょう〜。
==
※
まだ考えるべき要素が残っていそうですので
気が向いたらまた考えます。
インターネットと時間軸(仮)
1月 6th, 2012==
以下は書き途中の項目を含んでいます。
(仮)です。
==
データベースには
どのようなタグを付けることも可能ですが
その構造に時間軸を持っていません。
表形式のデータベース?っていうんですかね?
リレーショナルデータベースなら
「年月日」の属性を与えれば
年月日のソートが可能です。
しかし、本質的には並列に並ぶデータにすぎず
不可逆的な時間構造をトレースする要素はありません。
異なる要素でソートをかけ直した際には
年月日のソート順は一時的に無意味になります。
–
インターネット上のデータは
固定した属性を持つデータベースに比べ
さらにその制限が減ります。
固定した属性を持たないデータ群です。
さらにそのデータはめいめいが
勝手に更新していき、
三日前にどのようなデータであったかも
わからなくなるという…
※
魚拓やタイムマシーンのサービスはありますが
本質的にはデータの更新を比較する構造を持っていません。
ちょっと略
–
その昔、マンガのちびまる子ちゃんの中に
花輪くんが「アカシックレコード」について
ブツブツと呟くコマがありました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/アカシックレコード
アカシックレコード、アカシャ年代記(英:Akashic Records、独:Akasha-Chronik:発音からアーカーシックレコードとも)は人類の魂の活動の記録の概念であり、アーカーシャに映る業(カルマ)の投影像とされる[1]。一般に話題に上るものは、暗黙的に、様々な問いかけに回答するエドガー・ケイシーのものを指している。
記録のあるアカシャ(आकाश,Ākāśa,Akasha、アーカーシャ、阿迦奢)の漢訳は「虚空」であり、「上空」、「空間」を意味し、地と対をなす[2]一切を存在させる六界の一つ[3]である。虚空は目視できないが、存在が音によって確認され[4]、創造と帰滅または輪廻転生を象徴する蛇として象徴されることもある[5]。ルドルフ・シュタイナーのものも含めて、アカシックレコードは神智学の体系中に定義されており、アストラル光(エーテル)を媒体として構築されているという。
僕らの世代でオカルト好きなら
エドガー・ケイシーを知っている人も多いかもしれないです。
僕はこの人の周りのカルトとか
病気が治った云々の神秘性には興味が無かったのですが
どっかに予め存在する知識の塊の中には未来の記憶もあり、
そこにアクセスすることによって予言することが出来る
という発想にえらく興奮していました。
小学生の僕がこの知識を得た80年代後半は
当然まだインターネットも普及していません。
1988年にアメリカで商用インターネットが開始した頃です。
今、時間タグを持たない情報が
永遠に並列的に蓄積し続けるインターネット上の情報をみると
僕はアカシック・レコードのことを連想します。
–
ここらへんのつなぎも略
–
当たる当たらぬに関わらず
未来に起きることを前パターン書き連ねて
アップロードしておけば
ある意味で全ての分岐した平行世界をも網羅した
予言書ともなりうるわけです。
人はただ、自分の脳が感知した不可逆的な経験を
その予言書と照らし合わせ、
ただただ感動するのです。
※
あるいは人は自分の経験を書き連ね
永遠と誰かの予言書を書き続けるのです。
–
ゴール無し!
いずれ修正します。
時間とはなにか
1月 3rd, 2012僕が愛するバンド、フィッシュマンズの
佐藤伸治はフィッシュマンズの前に
「時間」という名前のバンドを組んでいたらしい。
佐藤伸治らしい、示唆にとんだバンド名です。
普段、普通に生活している中で
時間という概念の不確かさを
実感として得ることはほとんどありません。
左脳の一部に障害を得た場合に
稀に時間の概念を失うことがあるそうです。
時間って言語みたいに左脳的なものなんですね。
歴史上最大の発明は時間の概念である
とは誰が言ったのか調べきれませんでしたが
この言葉をトリガーにして色々と
思考を巡らせることができそうではありませんか。
==
以下特にオチがない
連想のメモです。
推敲もしてません。
いつもすいません!
==
始まりと終わり (1
正月に神社やお寺に行くと
狛犬や仁王像があります。
口が開いた像と閉じた像、阿吽です。
阿吽(あうん、Skt:A – hum)は仏教の呪文(真言)の1つ。悉曇文字(梵字)において、阿は口を開いて最初に出す音、吽は口を閉じて出す最後の音であり、そこから、それぞれ宇宙の始まりと終わりを表す言葉とされた。
また、宇宙のほかにも、前者を真実や求道心に、後者を智慧や涅槃にたとえる場合もある。
次いで、対となる物を表す用語としても使用された。特に狛犬や仁王、沖縄のシーサーなど、一対で存在する宗教的な像のモチーフとされた。口が開いている方を阿形(あぎょう)、閉じている方を吽形(うんぎょう)と言う。
転じて、2人の人物が呼吸まで合わせるように共に行動しているさまを阿吽の呼吸、阿吽の仲などと呼ぶ。
阿吽は始まりと終わりを示します。
キリスト教でも同様の表現があります。
わたしはアルファでありオメガである。 – ヨハネの黙示録1:8
Εγω ειμι το αλφα χαι το ω. – ギリシャ語。
Ego sum Alpha et Omega.
また、アーメンという言葉も
阿吽(オーム)との関係性があるとの説もあります。
阿吽(オーム)は悪名名高いオウム真理教の「オウム」でもあります。
たしか。
※
このブログは特定の宗教への信仰をお薦めしないので安心してください。
※
それでも勝手に興味を持った人は自己責任でお願いします。
–
始まりと終わり (2
僕には生まれた瞬間の記憶がありません。
そして死ぬ瞬間の意識も持つことはできないでしょう。
つまり、始まりも終わりも認知できない現在に
永遠に漂っているに過ぎないです。
人がいうままに
始まりと終りを信じるにすぎません。
科学や宗教はは永遠に
宇宙の始まりを妄想し
宇宙の終を妄想し
恐怖し、安心し、
時間は進んでいくと感じるのでしょう。
–
始まりと終わりから円環へ
時間を
ヴィジュアルの基本要素である
点線面
の概念と重ね合わせると線ですね。
始まりと終わり、の2点を繋げたもの。
始まりと終わりの点を繋げると
線は円を描きます。
–
円環 (1
十二支とは何かを軽く調べると
覚え易くするために動物を割り振ったに過ぎず
元々は植物の一生を表す記号だった
という説を見つけました。
稲穂や桜や紅葉のように
植物は僕らに分かり易く
一年で一生を繰り返します。
それを記号化したのでしょう。
もっと身近な自然現象でも
太陽も朝あがり、夜沈むを繰り返し
月も29.5日の周期で満ち欠け、
公転のかたむきは四季を産みます。
まあ兎に角、ざっくりと
世の中の色々なものが
始まって、終わり、また始まります。
繰り返すのです。
–
円環 (2
仏教用語だと思いますが
「輪廻」という概念があります。
一般的には
「死んだあとにまたなにかに生まれ変わる」
という魂の連鎖を表すような印象ですが
もっと抽象的な実感を名詞化したもののように
ぼくは想像しています。
この時間概念の円環性が
輪廻の概念を生んだと思うのです。
–
円環から螺旋へ
DNAはらせん構造です。
以下略。
==
※
円環とはとても面白い概念です。
12という数字の根拠と共に
いつかじっくり妄想してみたいと思います。
※
そもそも今日、
時間について書こうと思った理由は
HEIMAT CAFEでの
ホンマタカシさんと佐々木敦さんの対談を見たから
と
十二支の辰ってなんなのか調べたから
です。
明けましておめでとうございます 2012辰
1月 1st, 2012このブログにて曖昧な妄言を吐きつづけて
結構な月日が経ちました。
お付き合いありがとうございます。
こちらも好い加減なことを書いているので
好い加減なコメントを書いてくれたらうれしいです。
今年は製本教室や演奏、本職と頑張ります。
本職…といってもなんだか
どれが本職だか分からない状態になってきましたが。
いずれにせよ減速せず、
面白いと思うことは全てやる!
というモットーで今年も生きます。
–
新年一発目は辰について。
描き初めで龍の絵を描きました。
龍については考えたことがあり
「こう理解しました」という結論を持っています。
しかし「辰」という漢字になったときに
少し違和感を感じたので
いつものようにwikipediaで調べてみました。
「辰」は『漢書』律暦志によると「振」(しん:「ふるう」「ととのう」の意味)で、草木の形が整った状態を表しているとされる。後に、覚え易くするために神話上の動物である龍が割り当てられた。
なんと!辰は龍ではないんですかいな。
じゃあ十二支ってなんなのですか。
十二支の本義は、古代研究に便利な漢の釈名や、史記の歴書によっても、実は生命消長の循環過程を分説したものであって、実際の木だの、火だの、鼠だの、牛だのと直接関係のあることではない。
<略>
十二支の各文字は、一説に草木の成長における各相を象徴したものとされる(『漢書』律暦志)。
この歳になってはじめて知りました!
そうなるとむしろ
12という数字の特異性について考えたいですね。
今日はお酒も入っていますので
考察(という名の連想ゲーム)はしません。
しかし暦、数字については今年は考えてみたいと思います。
※去年は「数学について~」と宣言しましたが叶わず…
–
相変わらずの雰囲気ですが、
今年もどうぞよろしくお願い致します。
ネットでの僕の話と実際の生活
12月 28th, 2011演奏活動が充実して
ネットにアップするための
録音活動が減った。
反比例。
これは明らかだ。
デザインの仕事をすると
デザインの話題が減る。
これもまあまあ事実。
仕事のデザインに反省や不満があると
理屈をぼやきたくなる。
というパターンもあるので
充実如何が
投稿するか否かの基準に
なっているような気がする。
==
「○○に充実している時は○○について語らない」
という理論。
==
恋愛について語るときは
恋愛が充実していないとき。
漫画について語るときは
漫画が充実していないとき。
ジャッキー・チェンについて語るときは
ジャッキー・チェン部分が足りないとき。
今のところ当てはまる。
==
ってことは
そろそろ恋愛について
語らねばなるまい…